1st.leg 奥州征伐?の旅 〜宮城・仙台〜

放浪歴の栄えある第一回目は、宮城県仙台市界隈となりました。
 なんでかというと、
ベガルタ仙台の試合を見に行ったからです。
しかしながらそこはいわゆる「アウェー」であり、どんな刺客が待ち構えているかわかりません、
油断大敵であります。



第1章
〜希望と不安〜


2002年9月21日
上野駅 8:00〜

 午前8:06上野発の東北新幹線に乗り込み、一路仙台へ向かうのであった。しかし、頭の中はすでに「牛タン」だらけになっており、前日深夜1:00過ぎまでネットで検索した「仙台牛タンマップ」を見ながら「どこで牛タンにありつこうかな?」なんて考えながら試合のことは極力考えないことにしてました。

そんなことをしているうちに新幹線は仙台に着くのでありました。

上野発の臨時列車です。 友人自作のパンフ、まめった〜い




仙台駅 10:00〜
 仙台駅に降り立って最初に目に付いたものは駅ビル「S−PAL」。
情報収集の段階でその存在には気づいていたのですが、実際見るとごくふつーの駅ビル。
 「(静岡駅のパルシェといい勝負かな)」
 などと考えつつ
 「S−PALの看板を見つけたら後に『SE』って書いて廻るか」

 などとアフォなことをのたまう余裕すらこの時点ではありました。

(後で気づいたんですが、S−PALにSEを付け足してもS−PULSEにはならないんだよね。)

 仙台駅から出た自分たちは駅前をしょろしょろ歩くことにしました。
仙台駅に到着

S−PULぢゃぁなくてS−PAL




仙台駅界隈 10:30〜

 家を出たときは肌寒くて、Tシャツ1枚ではちょっと風邪を引きそうなくらいでしたが、うって変わって仙台は結構汗ばむ陽気で、なんだか気候が逆転したような感じでした。

「これはきっとアウェーの洗礼だ」

 などと不敵な笑みを浮かべながら仙台市街を徘徊散策するのでした。

 さすがに「杜の都」の異名をとるだけあり、街中は街路樹がたくさんあって、すてきな感じの町並みでした。しかし、そこかしこにさりげなくベガルタ仙台を応援する垂幕や看板が目に飛び込んできて、

「さすがにアウェーだな、フフン。」

 と一人でわかったような口を利きつつ、仙台市営地下鉄を目指して歩みを進めるのでした。

地下都市への入り口