メインS-PULSE2018年「誇り」と「重圧」は似て非なるもの...

2019年1月10日

「誇り」と「重圧」は似て非なるもの...

背番号「10」今季空席? J1清水、白崎の後任選び難航(静岡新聞)

 昨年末に凌兵の鹿島への移籍が発表になり、来季に向けた背番号決めが進んでいるのかと思いきや、今日の静岡新聞にこんな記事が掲載されていました。
 この記事を目にしたとき、なんというか、何とも言えないモヤモヤした「残念な気持ち」になりました。

 個人的には当分の間、No.10は欠番でもいいと思います。チームを牽引する存在の選手が必ずNo.10である必要はありません。っていうか、ピッチに立つ選手すべてがNo.10と同等の責任感を持ってプレーすればいいことなのではないかと思います。そもそも「No.10だから...」という考えも善し悪しがあるのではと思いました。

 確かにNo.10が欠番になることは寂しいです。しかしだからといって、それをどうあっても埋めなければならないということはないのではないでしょうか。選手が自ずからNo.10を背負って戦いたい。そう思ったのなら、その時は任せればいい。それまではNo.10は欠番のままでいいと思いました。

 そして、もっとNo.10に責任とか重圧ぬきでのびのびプレーさせてあげたい。「No.10だからあーしなければならない」とか「No.10だからこーしてはいけない」とか、社会人として、プロスポーツ選手としての範囲を逸脱するような「No.10への要求」は、それを背負う選手にとって何もプラスにはならないのではないでしょうか。

 1997年から9年間、引退までNo.10を背負ったノボリ以降、藤本淳碁選手が約5年、小林大悟選手が2年、河合チャソが1年、大前元紀選手が3年、そして凌兵が2年と、2年前後おきでエスパルスのNo.10は変わっています。しかしそれはプロスポーツの世界の事。No.10だから長期にエスパルスに所属しなければならないこともないと思います。プロの世界なんだから、所属するか否かは色々諸々検討し選手(代理人?)が決めることなわけですから。

 ノボリには心底尊敬しています。しかし「ミスターエスパルス」とまで呼ばれ、彼自身も大きな重圧を背負ってピッチに立っていたのかもしれません。ノボリもその重圧がなかったら、もっとプレー内容は変わっていたかもしれません。しかしそれは誰にもわからないこと。今更「たられば」を言っても仕方がないわけですから。

 大切なのは、選手に「このチームに所属し続けたほうがメリットが多い」と思わせるような環境・条件づくりが肝要だと思います。記事のなかに「クラブ幹部は主力選手にエースナンバーの継承を打診したが、現状の番号を希望した」とありますが、要するにだれもNo.10を背負いたいと思っていないということ。それは看過できない重要な問題なのではないでしょうか。

 別の記事の中で涼が「こんなにやりやすいチームはない」とコメントしているように、エスパルスというクラブは選手がプレーしやすいと思えるクラブになっているはずです。しかし「エスパルスのNo.10は背負いたくない」という選手ばかり。問題の本質はそこから見えてくる気がします。

 確かにNo.10の欠番は寂しいですし、チームとしてもなんとなくしっくりこない気がします。しかしここであえてNo.10を欠番にすることで、選手もフロントも、そしてサポーターも、エスパルスの「No.10」についてもう一度ゼロから考えることがでるいい機会になるかもしれません。


 「誇り」と「重圧」は似て非なるものだと思います。




 にほんブログ村 サッカーブログ 清水エスパルスへ
 にほんブログ村 エスパルス
 『にほんブログ村』に参加しています。エスパルス関連のブログがたくさんあります。
 ポチッていただけると管理人は小躍りして喜ぶと思います。

投稿者: tao 日時: 2019年1月10日 21:32

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://tao.tbo.jp/mt-tb.cgi/2206

コメントしてください