メインS-PULSE2011年勇気の守護神よ、永遠なれ!

2011年9月 7日

勇気の守護神よ、永遠なれ!

眞田雅則氏の訃報に接して(エスパルス 公式)



チーム創設から12年間ゴールマウスを守り続け

エスパルス中興の礎として多大なる功績をあげ

引退後もエスパルスのGKコーチとして

後進の指導・育成に貢献をされた

眞田雅則氏が昨日、急逝されました(享年43歳)。


ここに心から哀悼の意を捧げ

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


 W杯アジア最終予選 日本代表vsウズベキスタン代表の試合をテレビで観戦していた時、ツイッターのタイムラインに流れた突然の悲報。あまりに突拍子も無い事だったので、オイラも始めはまったく意味が分かりませんでした。
 しかし、時間が経つにつれて広がっていく眞田さんの訃報のニュース...。それに対して動揺し取り乱し、あるいは疑念を抱き、あるいは悲嘆に暮れるフォロワーの皆さん...。オイラも例外ではなく、それまで観戦していた日本代表戦はまったく頭に入ってこなくなりました。

 そして日本代表が岡崎の魂のダイビングヘッドで辛くも勝ち点1を捥ぎ取ったころには、TLに溢れる眞田さんへのそれぞれの想い...。本当に残念でなりません。

 
 いわずと知れたエスパルスの「守護神」。清水商出身で順天堂大を卒業後、全日空(後のフリューゲルス)に入団。そして1992年のJリーグ発足時に、故郷の清水に戻ってきてエスパルスに加入。当時のケンタ・カツミ・タクミ、そしてノボリやテル、俊秀などと共に、エスパルス中興のために欠かせない礎となりました。リーグ開幕戦となった1993年5月16日のサントリーシリーズ第1節vs横浜フリューゲルス戦で、右サイドに流れたボールをクリアしたはいいものの、それを当時フリューゲルスに所属していたモネールに拾われてしまい、ボールを無人のゴールに流し込まれてしまったことは、今となっては苦笑いと共にいい思い出ですね。

 そして、エスパルスサポーターなら誰でも一度は見たことがあるであろう、1996年ヤマザキナビスコカップ決勝vsヴェルディ川崎戦。延長までもつれ込んだこの試合は結局勝敗が決まらずにPK戦へ。当初はヴェルディ側のゴールを使用するはずが、諸般の事情(?)でエスパルスサイドのゴールを使用してPK戦が行われました。
 PK戦に入るその時、ゴールマウスに立った眞田選手はキッカーに背を向けて、やおらゴールの後ろに陣取るエスパルスサポーター側を向き、おもむろに両手を大きく広げて、そしてまるで何か祈りを捧げるかのようにうつむきました。その瞬間、国立にいたエスパルスサポーターと眞田選手がひとつになり、ヴェルディのPKを阻止!最後はオリバがPKをゴールに突き刺してエスパルスは優勝...。もはや伝説といってもいいくらいの光景です。

 2004年の現役引退後はエスパルスユース、JFAナショナルトレセン、そしてジェフ千葉でGKコーチとして後進の指導にあたり、今期からエスパルスのトップチームのGKコーチに就任。エスパルスの若き守護神達を鍛えてくれるだろうと期待していた矢先の突然の訃報。今でも信じられません。というか、信じたくありません。何かの間違いであって欲しいです。

 眞田さん、貴方を超えられるようなゴールキーパーは、残念ながらまだエスパルスにはいません。しかし!いつか必ず!貴方を超えられるような「守護神」が現れるはずです。そしてその守護神と共に、エスパルスは再び、そして必ず!あの高嶺に登りつめる事ができるはずです!!
 
 ですからそれまで、これからはちょっぴり高いところから、エスパルスを見守っていてくださいね...。


背番号1 ゴールキーパー


『勇気の守護神』


眞田 雅則!!




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投稿者: tao 日時: 2011年9月 7日 15:25

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